石部トンネル

散策日時:平成15年1月12日
散策場所:静岡県静岡市・焼津市行政堺

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静岡・焼津両市堺にある、大崩海岸沿に旧東海道本線の一部「石部トンネル」がある。
過去には、関東と関西を結ぶ大動脈として活躍した路線でもある。しかし、時の狭間に逢い、何時しか廃線の憂いを虐げられた。廃線後は、トンネルの崩壊で見るも無残な姿を残している。
大崩海岸には、数々の噂があるが、今回のトンネルは鉄道用トンネルであり。噂のあるトンネルの方は、旧国道の「石部洞門」部分付近である。次回、散策記に紹介したいと思います。

明治22年に用宗〜焼津間に完成。全長910メートル。併せて、磯浜トンネル、970メートルが完成。その後、単線並列となり、トンネルが平行して二本並んでいた。
昭和16年に「弾丸列車計画」というのがあり、アジア大陸への輸送や戦争遂行に必要な計画であった。「弾丸列車」専用トンネル(日本坂トンネル)が完成するまでの間、一時使用される事にもなった。昭和19年に日本坂トンネルが完成し、「石部・磯浜トンネル」は、元の在来線に戻った。しかしながら、戦局の悪化で「弾丸列車計画」自体も中止となり、東海道本線は山側の「日本坂トンネル」を使う事になり、「石部・磯浜トンネル」は放置される事になった。
かつての「弾丸列車計画」の夢を実現する為に、新幹線の建設が昭和32年に始まった。在来線で使用していた「日本坂トンネル」が新幹線用に変更になり、在来線として「石部・磯浜トンネル」は別のルートを探す羽目に陥った。最初のトンネルコースだった大崩海岸地帯の海側(石部トンネル)部分だけを放置し「磯浜トンネル」の中間部分あたりから新ルートを掘り、石部トンネルの東京側近くで結合させ一本のトンネルとした。工事は、昭和37年に完成。現在の石部トンネルは磯浜トンネルと一本になり、延長2.2キロメートルになった。
明治22年に完成した石部トンネルが倒壊したのは、昭和23年の関東地方を襲った、アイオン台風に因るものだといわれている。
                                                    ***参考文献***
                            新人物往来社 鉄道廃線ウォーク下 西日本編 船越健之輔著


国道150号線を進むと、旧道(廃道)となった石部洞門近くの海上橋を渡りトンネル坑口手前の駐車場へ車を止め、海岸へ降りて行きます。石部トンネルへ辿り着くには、このコースと国道のトンネルを抜けた先の場所から海岸へ降りるコースがあります。今回は駐車場側からのアタックです。しかし、道という道は無く、途中からテトラポットを渡り海岸線へ行くので注意が必要と思われます。行く際には気を付けて!!
現場へ着いて、すぐにでも倒壊したトンネルの残骸がお迎えしたくれます。中々の迫力です。
赤レンガ製で時代を感じる趣きがハッキリと見られる事でしょう。現存している部分も残っていますが、かなり風化が進んでおり、いつ崩れてもおかしくない状態です。気休めなのか、木材でトンネル部分を支えてる風景には、これで大丈夫なのか?と思われます。



今も崩壊が続いてるとか? 波飛沫を浴びながら・・・
自然の力に人間は・・・ 橋梁部分か?ポータル部分か?
電柱は新しいのだが? フランス積の工程
いよいよ坑口部分へ! かなり崩壊が激しい
細い木材で支えてる? トンネルを抜けた光景は・・・
住んでる方が居ました! 現場から海上橋を望む

石部トンネル。当地では心霊的な噂はありません。今回は廃墟系に属するのかな?
見事なまでに倒壊されていたトンネルを見ると、凄まじい自然の力に脱帽です。当地は、廃線ファンにとっては人気がある場所らしいです。しかし、今でも所々トンネルだけではなく、付近でも崩落等があるらしいので注意が必要です。トンネルには、今でも住んでる方が居ました。お話を聞こうと声を掛けたのですが、残念ながら断れました。ちょっとトンネルの話をしたかったなぁ!
いよいよ次回は、旧道の石部洞門散策記です。ちょっと嫌な気配を感じたところです。
今でも思い出すと・・・・・

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