松尾鉱山跡
〜山神社編〜

| 散策日時:平成14年6月10日 散策場所:岩手県岩手郡松尾村 |
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かつて栄華を誇った鉱山が、ここ東北は岩手の八幡平に存在した。 当時はあらゆる近代化も行われ栄えるに盛った。 しかし、時代の変化に流され惜しまれる中、松尾鉱山としての役割は終焉した。 松尾鉱山は、大正3年から採掘を開始した。昭和41年には硫化鉄鉱70万トン、昭和42年には精製硫黄10万トン余りと東洋一の規模を誇示。その後、石油精製時の回収硫黄に押され、昭和47に閉山となった。同時に、松尾鉱山の坑内水は北上川に流出、水面を真っ赤に染めて北上川を魚の住めない「死の川」になってしまった。大きな社会問題となった為,昭和46年に当時の林野庁・通産省・建設省・自治省・環境庁の省庁会議によって中和処理施設が建設された。その後、中和処理施設の稼動等のお陰で北上川は元の姿へと甦りつつあります。 ●明治15年 松尾の佐々木和七、八幡平茶臼岳中腹で硫黄の大露頭が発見。 ●大正3年 松尾鉱山創業(松尾鉱業株式会社) ●昭和4年 松尾鉱山鉄道が開通 ●昭和14年 松尾鉱山硫黄生産高、最高を記録 ●昭和19年 松尾鉱山に空襲、死者14人の犠牲者 ●昭和25年〜 朝鮮戦争の軍需景気により松尾鉱山好況続く ●昭和35年 村の人口 20,553人で史上最高に。松尾村商工会発足 ●昭和44年 松尾鉱山全従業員解雇・事実上の閉山となる。 *参考 「松尾村ホームページ」村政の歩み 化学教育ジャーナル 第3巻第2号(通巻5号)発行1999年12月25日/採録番号3-13/受理1999年12月 7日 「旧松尾鉱山坑廃水の中和処理を考える」 −地域教材を活用した選択授業における課題研究− 高橋 治 岩手大学教育学部附属中学校 某TV局放送でも名を馳せた場所。また岩手では、肝ダメシスポットとしても有名な松尾鉱山跡。 八幡平公園の観光を終え麓に降りてくると、眼前に大きく広がる廃墟群がある。鉱員アパート群だ! 噂としては、鉱山跡特有の鉱員の霊や足音等だ。そして、TV放映で一躍有名になった大浴場。何やら心霊写真が撮れたらしいのだが・・・・生憎、その番組は見忘れてしまった(;>_<;)ビェェン 情報等がございましたら、掲示板等にお知らせ下さい。 散策メインは、廃墟散策なのだが・・・その前に山神社を見付けたのでご挨拶を!! 廃神社の趣きもあるが、訪れる方が居るみたいです。枯れてはいましたがお花やお神酒が供えられていた。 山神社散策を終え・・・・いざ廃墟群へ!! |
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次回、廃墟群編をお楽しみに! |