米一丸地蔵尊

散策日時:平成14年11月8日
散策場所:福岡県福岡市東区

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福岡で噂されているスポットの一つ「米一丸の塔(地蔵尊)」
遠い昔、非業の死を遂げた事件があった。その恨みが未だに晴れず、当地周辺の踏切または線路沿いでは、人身事故が絶えないらしいとの噂。見通しも良く、事故が多数発生するような所では無いのだが・・・
今回、写真には収められなかったが、敷地内には、石造九重の塔があります。米一丸を供養するための九重の塔。この塔は、高さ4m超の石造りで鎌倉時代末期の作と云われています。県指定文化財を受けております。毎年、8月には地元の方々が中心となり手厚く供養もされています。

米一丸の悲話-----------------------
駿河の国に木島長者と言われた貴福な人がいた。子宝に恵まれず、夫婦は米山の薬師様に祈願をかけ、ある日、婦人は懐妊され無事男の子が生まれた。米一丸と名付けられた。
米一丸は才智抜群で十五歳の時に加冠、従四位、正直の名乗りを授かった。

二十歳の時、絶世の美人と言われた八千代姫を娶い、結婚披露宴の為、父は八千代姫を連れ主筋にあたる京都の一条殿の館へ出掛けた。姫を一目見た一条殿は忽ち横恋慕し、米一丸を亡き者にして姫を側室にしようと企みをめぐらせていた。

一条殿は若き日に筑後・柳川へ流浪した時、路銀を使い果たし伝家の宝刀を博多の質物商に質入していた。それを取り戻したいとの事で、米一丸はその一条殿の命により四十二人の郎党を従え博多へと出発した。しかし、これは一条殿の米一丸を謀殺せんが為の陰謀だった。
翌年、博多に着き日夜、質物商に掛け合った。・・・・・・
その質物商と言うのは悪徳商人で、かねての密約、一条殿の「金子受け取り次第討ち果たせ」の内命により、取引を引き伸ばし、米一丸を討ち取らんと計っていた。

辛抱に辛抱を重ね、やっとの思いで銘刀の取引も終わり宿に引き上げる途中、四百余名の奉行配下に囲まれ攻めたてられた。米一丸は箱崎松原付近で主従折り重なるように恨みを含んで自刃して果てた。

新妻八千代は米一丸の安否を心配して、旅を続け博多までやってきたのだが、その時すでに米一丸は討ち死にした後だった。悲嘆にくれた八千代は供養をした後、墓前で従女十二人と供に自害した。この時八千代はまだ十六歳であった。米一丸の母も我が子を案じ八千代の後を追うように、待女を連れ旅にでたが、博多を目前に米一丸の死を聞き、力も尽き果て、旅の疲れも重なり、本木郷、さがり藤の民家で五十余歳で生涯を閉じた。その後、里人は哀れんで供養塔を建て、さらに、供養塔を囲むように地蔵堂を建立し、奥方と米一丸の親子地蔵二尊を刻み崇めるようになった。

                  参考:図書館蔵書、福岡市役所、ネット調べ-----------------------


地蔵堂 米一丸や従女、付き人の墓?
米一稲荷 目の前の踏切り
周辺で事故多発

九州初散策。今回は散策メインで訪れた訳ではないので情報不足の感が!何と言っても仕事第一ですからね!普段仕事嫌いな私ですが、九州散策は初めてですので心は躍ってましたがね。判りそうな地域はネット上で行き方等の情報仕入れ。んでも、仕事先の方からの情報は嬉しかったです。やっぱり地元の方が一番詳しいです!当たり前か!!ありがとうございます。これで仕事も上手く運べれば万々歳!!

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