| 日時:平成13年12月22日 場所:埼玉県飯能市 |
| 畑トンネル |
| 当該トンネルの噂としては・・・・・ 親子の霊が出る。トンネル上部に女性の霊が出る。トンネル内部に顔が浮き出る。人面犬の噂も? 当該トンネルは、飯能と青梅との経済・文化交流目的として作られた。以前より交流はあったのだが、飯能から青梅に行くには数本の街道を通らなければならず、それも数カ所の峠や遠回りしなければ行けなかった。 地域の要望もあり、飯能町(当時)と隣接町村長と共同で県に陳情。明治41年に飯能青梅道として着工された。完成は明治43年の事である。77年間、県道として利用され昭和62年にバイパスの完成に伴い市道となった。閉鎖は平成に入ってから間もなくの事であった・・・・・。
当地へ到着したのは14時頃。辺りは明るく雰囲気はなかった。現地到着には、すんなりと行け苦労はしなかった。車の往来も激しくなく寂しい感じもするが私にとっては好都合。車での進入は出来ない為、徒歩で向かう。 途中、トンネルの説明看板を発見し写真に収める。目の前には土砂崩れ防止の柵などが施されている。左カーブを抜け、目の前に現れたトンネルは、期待とは裏腹に、綺麗に堂々とその姿を誇示していた! 長さは、それほど長くはなく出口付近も見える。いよいよ内部進入である。風の通り道なのだろうか?時折、強い風が吹き付ける。内壁は小さな煉瓦造り。所々水が染みて出来たシミが異様な雰囲気を!内部は綺麗で落書きもあまり見られない。まっ粗大ゴミが2つはあったけど・・・・。
それにしても、内部は反響音が凄い!ズボンが擦れる音・足音がまるでサラウンド効果で聞こえる。自分以外に誰かが歩いてくる様に聞こえる。これにはちょっと内心・・・・ビクッ!ビクッ!更に出口へ向かう。何やら半分近くが何かに塞がれてる気配?それは土砂が崩れ古木や土砂で埋められていた。その時、ヒラヒラと動いた物が目に入った。それは・・・・悪戯だろうか?そこには「南無妙法連・・・・」と書かれた物が!!ヒェェェェ〜 その下には、黒く焼け焦げた衣服があった!な・なんだ?これは?誰かの悪戯であって欲しいと内心思ったのだが真相はどうなのだろう・・・・・?
トンネルを抜け出口側を見た!先ほど進入してきた所とは、まるで正反対の顔を見せられた!それは、長く風雪に耐えて来たトンネル。トンネル崩壊の序曲が静かに幕を開けた雰囲気が出ている。トンネル口は綺麗ではあるが土砂が段々とその領域を侵し続けて行くことだろう。逆に当該トンネルの姿は、むしろ進入して来たところより、反対側のこちらの方かも知れない。出口側も散策をし一度、当地を後にする事にした。次の散策地に向かい、夜もう一度訪問する事にする・・・・・・
再度、到着した時間は18時30分頃。まだ早い時間ではあるが、季節は冬。辺りは闇の世界が私を誘っている。隣には環境センターからの明かりが一つ二つと点いてはいるが、漆黒の闇には勝てないでいる。 トンネル説明看板を左に見ながら、その先の左カーブを目指す。曲がった所にトンネルがある。頭の中は昼に見た顔を思い出し・・・・。が暗い性だろうか?私を拒むかの様に時折、強い風が・・・・今度は出口付近も見えない。懐中電灯を手に内部へ入ろうとした瞬間!!黒い影が内部を左から右へ!あの影は何?犬か何かの動物か?しかし足音の類はまるで聞こえていなかった。あの影はなんだったのだろうか?不思議に思いながらも歩きつづける。昼とは違った雰囲気が包み込む。出口方向へ向かい散策をしまた戻る。明るい時に粗方見ているのでこれと言った変化はなかった。残念と思っていた矢先! トンネルを抜け車に向かう途中・・・・ササッササッと音が?ササッと音が!後ろを振り返るが何もない。風の性で落ち葉が道路上で音を出していたのだろうか?最後に紫陽花様に私の写真を撮ってもらい当地を後にした。
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| 当日は、忘年会とも重なっており何ヶ所も散策は出来なかったが、以前より散策して見たかったトンネルを見れて感激!畑トンネルの後は、東京の桧原村に行ったのだがこれまた良い感じが醸し出しているトンネルと対面できた。その散策記は少しお待ちを!! 当該トンネルの帰り際に写した私の写真だが、どう見ても私の顔じゃないような気がする。同行した紫陽花様の指摘によって確認して見たが・・・う・・ん、変だ!これは私の顔を紫陽花様と同様知っている「てふてふ dai様」にも確認してもらおうかな?でも、本当に顔が変ってたら嫌だじょ!暗くてピントがずれてるだけだと思いたいなぁ〜〜〜 |