散策日時:平成14年1月20日
散策場所:神奈川県横須賀沖

同行者:「てふてふ dai様」  「紫陽花様」

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猿島要塞
猿島・・・建長5年(1253)5月、日蓮が房州から鎌倉へ渡る際に嵐に逢い、舟の進む方向させ見失った時、一匹の白猿が舟の舳に立ち島へ案内したと言う伝説により「猿島」と呼び名が付いた。島には古代人の住居跡もある。そして・・・軍事要塞としての歴史も刻まれている。
1847年・・・江戸幕府・3ヶ所に台場築造。大筒15挺配備
1877年・・・海軍省所管。24cm加農砲4門配備
1881年・・・陸軍省所管となり砲台の築造に着手
1884年・・・猿島要塞完成。本格的な洋式要塞になる。
1894年・・・28cm榴留砲2門配備
1923年・・・関東大震災で幹道・兵舎埋まる
1925年・・・陸軍省猿島要塞放棄。海軍省に移管。海軍砲台完成
1941年・・・高射砲陣地として5座配備
1945年・・・終戦。大蔵省管財局所管。米軍に接収される。高射砲爆破・加農砲切断
現在に至る・・・・・
要塞として位置付けられた島ではあるが、実際には役目を果たせず終戦を迎えた・・・・・

三笠桟橋から猿島まで約10分の船旅。桟橋からも猿島の姿は見える。思ったより小さいと思った。
当日は波が少しばかり荒い。かなりの揺れ。いざ、猿島へ上陸!


パンフレットを頼りに散策開始!!
露天掘り幹道(要塞の切通し)へ向かったが、崩落の危険性がある為に通行禁止である。仕方なく遊歩道を歩いて先へ進む。辿り着いた所が、露天掘り幹道の途中に出た!バリケードを施してるが簡単に進入が容易だ!
一通り散策し次はトンネルへ向かう。その前に幹道の説明を・・・・
ロマネスク様式・フランス積み煉瓦造ボールド構造・幅4m×長160m×高5〜10m
壁は所々、風化もしており雑木の根が張り出してもいた。途中に板で塞がれている所は弾薬庫跡である。


フランス積

イギリス積

いよいよ、猿島メインの施設。フランス積トンネルの散策だ!
建造様式は幹道と同じである。幅4m×長90m×高4.32m。
弾薬庫は幅5.2m×奥行8.4m×高4m。兵舎は幅5m×奥行14.5m×高4.2m。トンネル内部の板で塞がれているのは弾薬庫と思われる。
パンフレットにはトンネルの別名を「愛のトンネル」と書かれてた!なぜだ?確かに落書きと言うか悪戯で相合傘などを書いた代物は多数存在。ちょっと興醒めである。弾薬庫と思われる1箇所の内部を覗いたら、ゴミだらけ!

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愛のトンネルを向け、もう一つのトンネルへ!奥の方の間口がかなり広い。ここのトンネルは倉庫として使われたのだろうか?そして上へ続く穴?弾薬等を上へ運ぶ為の穴?も発見!!トンネルを抜ければ広場があり、砲座跡等があった。海岸近くの広場は台場跡である。
次は古代住居跡(日蓮洞窟)散策!

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