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心霊スポット?として噂がある、薮塚石切場跡。 噂としては・・・・・記憶が定かでは無いのだが、戦国時代に敵方を当地へ誘い込み、弓や槍・石等を使い全滅させた。その敵方の怨念が今でも渦巻き・・・訪れた者を恐怖の闇へと誘うらしい。または、自ずから命を絶った者の念が残っており、あの世へと誘うかの様に手招きをする。 この様な噂が在った様な無かった様な・・・・・曖昧な記憶での散策。 当地は、薮塚温泉郷・日本スネークセンター・木枯し紋次郎の世界を再現した三日月村や北山古墳及び西山古墳など、史蹟や観光名所が点在する地域に存在している。 説明看板に因れば、当地は・・・・・ 二千年前位に、多くの火山活動により堆積された軽石凝灰岩が地殻変動の影響で隆起し露出したものが薮塚石となった。明治中頃から小規模ながらも採掘。明治晩年より薮塚石材株式会社が創立され隆盛を誇った。岩質はやわらかく細工もし易い。熱にも強いと言う事で、建築物の土台や塀、カマドなどにも用いられた。 大正に入り東武鉄道が敷設され関東一体や信州地方にも名が知れる様に成った。しかし、薮塚石の欠点は水に弱く、中に小石が混ざっている為にひび割れを起こす原因が多かった。その為、岩質に於いて嫌われていった。そして、昭和三十年頃に閉山と追い込まれた。(説明看板より抜粋) 観光マップにも、当地は載ってるが中々見付ける事が出来なかった。マップ通り進むと違う所へ行き着く感じもしなくも無い。 訪れた時は、7月初旬。梅雨真っ最中とあって草木が勢い良く生育していた。 一瞬、藪の中を掻き分けながら進むのかと思う位である。石切場跡までの道は、整備されているとは言い辛いが、困難を極めるほどでは無い。 入口から数分で現地へ到着。目の当たりにしたのは、想像を絶する程の、直立する薮塚石の壁・壁・・・壁。時折、切り出した穴から覗く陽射し。高い所では50mはあろうかと思う位の直立絶壁。思わず辺りをぐるりと見渡してしまった。鳥の鳴き声等は無く、静寂だけが辺りを包み込んでいた。 写真では、当地の雰囲気が上手く伝わらないと思います。是非、機会を見付けて散策してみては如何でしょうか。でも、訪れる時は十分に気を付けて散策して下さい。足元も濡れて滑り易いかとも思います。そして、枯葉も多く雨が続いた翌日などは水溜りもありますのでお気を付けて散策を!! 心霊スポットとしての気概も忘れ、廃墟としての趣きを感じていた。 戦国時代での事象は、調べていないので何とも言えませんが、採掘当時は事故なども有ったかと思います。現在の技術とは比べ物に成らないと思います。その為に幾人かの命も・・・・・ |
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| 異界散策と言うよりも廃墟散策になってしまった感じが・・・・・。 どうなんでしょうかね?心霊スポットとしての噂は本当だろうか?まっ確かに噂としてなりうる要因は有る事はあるんですがね。んでも、はっきりとは判りません。噂の記憶も曖昧だし、もしかしたら違う場所の噂と混同してるかも知れません。その時はお許しを!!情報等がありましたらお教え下さいね。 約半年振りの散策記更新。何より当地の散策を行なってから八ヶ月!う〜む参ったな。 |