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幽霊出没と交通事故多発地として、各マスコミやワイドショーまでも取材に来ていた程・・・・・ 全国的に名を知られた「城下トンネル」。 その昔、当地は鎌倉時代に一帯の領主だった阿久沢氏一族の山城「深沢城」があった。戦国時代に入り、武田・北条・上杉氏らの戦乱に巻き込まれ落城した。その際、大勢の兵や民が犠牲になった。そして、トンネル上部辺りが処刑場だったとも言われている。 更には、昭和22年9月には関東を襲った台風「カスリーン台風」の被害を直に受け、トンネル傍下の渡良瀬川が氾濫、多数の死者がトンネル付近に流れ着いたとも言われている。気象庁データに因れば・・・・・ カスリーン台風 昭和22年(1947年) 9月14日〜9月15日 典型的な「雨台風」、 利根川・荒川決壊で東京など関東平野が水浸し。 群馬・栃木両県で死者・行方不明者1,100名以上。 カスリーン台風は、紀伊半島の南海上を北上し、9月15日に北緯32度を超えてから北東に進路を変え、同日夜房総半島南端をかすめて16日には三陸沖へ進んだ。 台風は日本に接近したときは衰弱しており、強風による被害は少なかった。しかし、台風により日本付近に停滞していた前線の活動が活発化し、関東地方と東北地方では大雨となった。 関東南部では利根川と荒川の堤防が決壊し、埼玉県東部から東京で多くの家屋が浸水した。群馬県、栃木県では土石流や河川の氾濫が多発し、両県で1,100名以上の死者・行方不明者が出た。東北地方では北上川が氾濫して岩手県一関市などで大きな被害が発生した。 気象庁ホームページ http://www.jma.go.jp/ 群馬県桐生市と栃木県上都賀郡足尾町を結ぶ国道122号線。片側一車線だが道幅も広く、見通しも良いトンネル付近の道路状況。今から十数年前に村人やドライバーの間で、幽霊が出た。首なし霊が出た。車の前に突如、顔が出たなどなど・・・色んな噂や目撃例が相次いだ。そして、当時の村長までが霊を目撃した。また数々の心霊写真も頻繁に撮られたらしい。その頃より交通事故が多発し始めた。数ヶ月で交通事故が八件。死亡者2名、負傷17名に及んだ。 その後、黒保根村議会は様々な事実を検討し、「最近の交通事故は、ドライバーの不注意だけが原因ではなく、城下トンネルの中をさまよう霊たちの怨念のせいもあるに違いない」という結論を出した。その結果、1985年3月、城下トンネル付近に村人たちの願いが込められた供養塔が建立された。その後、多発していたトンネル付近での交通事故が収まった。だが、霊の目撃は時々あるらしい・・・・・ 参考:気象庁「災害をもたらした気象事例」 参考:学習研究社発行「ムー謎シリーズ 恐怖の心霊ゾーン・ガイド」 |
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| 城下トンネル。散策自体は6回目かな?群馬方面散策時には、いつも使う国道122号線にあります。初めて訪れた時は、あまりの短さ(でも、100m位はあるかな?)で通り過ぎた位です。 この地は昔から何やら色々と在ったみたいですね?散策記に書いた歴史的背景以外に、足尾銅山での重労働から逃れる為に逃亡を図った人は、この辺りで力尽きるそうです。これは、足尾銅山関連の書籍を読めば出て来ますよ(確かそうだと?思う)それと、このトンネルの下横に現渡良瀬鉄道の城下隧道もあります。ここは、足尾銅山の銅や資材運搬の為に作られた鉄道用トンネルなんですが、作業に関ったのは朝鮮人が主に働いた様です。その際の落盤事故が起きたかどうかは不明です。この地に来るまでに数箇所のトンネルがありますので、何処かのトンネルで落盤事故が過去にあったかも知れません。 |