※宇津乃火薬庫跡

足尾銅山施設関連の一つ。
坑内で坑夫たちが明治時代には手掘りで、大正に入ると削岩機で孔をあけ、孔にダイナマイトを詰めて爆発させ銅の鉱石を採掘した。採鉱をする為には大量の火薬が必要であり厳重な貯蔵と出し入れの安全管理は銅山にとって重要な仕事であった。足尾で使われたダイナマイトの大きさは、直径32ミリ、長さ200ミリ、重さ250グラムが多く、昭和5年には年間130トン用いた。
火薬庫が出来たのは明治42年頃。小滝坑が閉坑になった昭和29年に役目を終えた。
山を巨大な方形に4個の穴として深さ7〜8m、一列に掘り下げ、それぞれの空間に石造の倉庫3棟、煉瓦造の倉庫が1棟築造された。火薬庫に行くには、3m幅の南面道路が100m位真っ直ぐ延び、石垣塀も施している。石垣塀に沿って、それぞれの火薬庫出入口が4箇所。入口には鉄筋コンクリート製の頑丈な外扉があり、外扉を開けると幅2m、高さ2・3m、奥行11mの石積みトンネルになっており、奥には更に鉄筋コンクリート製の内扉がある。その他には、煉瓦塀の雷管倉庫も見受けられる。

*当サイトでは、大正時代発行の地図を元に『宇津乃』と表記しました。
参考文献 足尾銅山 小滝の里 太田貞祐著